【取材レポート/インタビュー】
「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵」
名古屋市美術館<名古屋市>
名古屋市美術館参与 深谷克典さんが語る展覧会の魅力
お待ちかね、ゴッホの《跳ね橋》がいよいよ名古屋市美術館にやってきました。
しかーし!言うまでもなくこの展覧会の見どころは《跳ね橋》だけではないのです。
傑作ぞろいのこの展覧会、さらっと観るだけではもったいない!
というわけで、名古屋市美術館参与の深谷克典さんにインタビューを敢行。
本展の魅力をじっくりお聞きしてきました。
※作品はすべてヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団蔵
Wallraf-Richartz-Museum & Fondation Corboud, Cologne
Photos: © RBA, Cologne

名古屋市美術館 参与 深谷克典さん
深谷参与は名古屋市美術館開設の準備段階から関わり、以降40年に渡って学芸員、副館長を歴任。
まさに美術館と共に歩んでこられた第一人者。
ヨーロッパ近代美術がご専門の深谷氏、さてどんなお話が飛び出すのか?お楽しみに。

名古屋市美術館エントランスへのアプローチ
本展は、ドイツ有数の美術館、ケルン市のヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団の7万点にも及ぶ豊富なコレクションから、フランス印象派とその前後に焦点を絞った作品約70点で構成された特別展。
宇都宮美術館、あべのハルカス美術館と巡回し、ここ名古屋市美術館が最終会場です。
とかく展示会タイトルのゴッホ《跳ね橋》に注目が集まりがちですが、本展の真価は、印象派誕生前〜印象派〜ポスト印象派〜モダン・アートへの脈絡を一望できるところ。
作品はほぼ年代順に展示され、変遷を辿っていけるようになっています。
印象派がどのように生まれ、モダン・アートへとどう移り変わって行くのかを眼にすることができる貴重な機会なんです。
風景画の変遷 「歴史画の背景」から「現実の風景」へ
展示序盤は、「印象派前」の画家たちの作品からスタートし「バルビゾン派」の作品へと続く美しい風景画が並びます。当時、風景画は新しいジャンルだったんだそう。
「風景画は印象派が登場する以前から描かれていましたが、あくまでも聖書や神話を描いた作品の背景であり、独立したジャンルとは認められていなかった。
フランスで風景が主役として描かれたのは、フランス革命以降の19世紀になってからなんですよ」

ーー当時、絵画を理解するには神話などに通じていなければならず、教養が必要だった
「ところが、フランス革命や産業革命で、ブルジョワや民衆が力を持つようになった。純粋に飾って楽しむもっとわかりやすい絵が求められるようになり、歴史画ではない現実の風景画や静物画が多く描かれるようになりました」
解説パネルにも注目

ウジェーヌ・ブーダン《ケリュオン、漁婦たち》1870年 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団所蔵
この海辺の美しい風景画はウジェーヌ・ブーダンの作品。
印象派に先駆けてスケッチから完成まで戸外で制作した画家です。
空と雲の表現で「空の王者」と称されたブーダンは、18歳だったモネに本格的に絵を学ぶよう勧め、戸外制作の手法を教えました。
彼がいなければ印象派そのものが生まれていなかったかもしれないのです。
こんな興味深いエピソードは、作品横の解説パネルで知ることができます。
作品の説明だけでなく、影響を受けた画家や影響を与えた画家なども記されており、印象派前後の関係性を知ることができます。

ーー解説文を読みながらじっくりと作品に向き合う来館者さんが目立ちますね
「解説文は150字くらいでまとめてます。観賞しながら読んでいただくにはちょっと長かったかもしれない(笑)。
近年の来館者は絵を観て楽しむだけでなく、知識を求める傾向が強いな、と感じています。
作品解説の講座を開くと、以前とは違って最近はすぐ満席になりますから」

エドゥアール・マネ《アスパラガスの束》1880年 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団所蔵
「皆さんに見てもらいたい一枚」と深谷さんが挙げたのは、マネのアスパラガス。
さらっと描いているのに、何とも瑞々しくとっても美味しそう。
マネの技量がうかがえる作品です。
さらにこの絵のエピソードが何ともオシャレ!
800フランだったこの作品を、あるコレクターが1,000フランで購入。
マネは後でアスパラガス一本だけ描いて「束から一本抜けてた」と贈ったそうです。
画才だけでなくユーモアに秀でた人でもあったんですね。
印象派の誕生
マネはしばしば伝統的絵画の常識を覆す現代的な作品を描き、保守的な人々から厳しい批判を受けますが、モネら若い画家たちに慕われます。
そしてマネのもとに集まった若者たちが中心となって印象派の誕生に至ります。
ーー印象派以前と印象派では、最も変化したのはどんなところですか
「まずなによりも画面が明るい。描き方が全く違うでしょう?
写実の伝統は現実の世界をいかに表現するか。奥行きを表現しようと一点透視図法を用いたり、現実の世界に近づけようとしていたわけ。印象派はそこに「光」を再現しようとした。
画面に光までも再現することで究極のリアリズムを追及したんだけど、結果的には現実と違う方向、むしろ抽象的になっているんですね。そこがすごく興味深いところ」

アルフレッド・シスレー《ハンプトンコートの橋》1874年 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団所蔵
ーーでは、深谷さんのイチ押しの印象派作品は?
「シスレーの『ハンプトンコートの橋』。
光あふれる夏の日の一瞬を、素早い筆のタッチで捉えたこの絵は、これぞ印象派!
シスレーはモネやルノワールと比べると知名度が低いですが、最も印象派らしい画家なんですよ」
会場には印象派の著名作品がずらりと並んでますが、ザウルスファンの皆様は、シスレーの作品もぜひお見逃しなく!
ゴッホ《跳ね橋》の見どころ
印象派はやがて内部分裂し、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホらが独自の画風を模索していきます。
いわゆる「ポスト印象派」です。

ポール・ゴーガン《ブルターニュの少年》1889年 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団所蔵
そんな動きの中で、ゴッホの《跳ね橋》も登場します。

フィンセント・ファン・ゴッホ (左)《ニューネンの農家》1885年 (右)《跳ね橋》1888年
共にヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団所蔵
会場では、ゴッホのオランダ時代の作品《ニューネンの農家》も並んで展示されています。
ひと目で見比べられるのがこの展示会の推しポイント。
だってぜんぜん違う画風じゃありませんか。とても同じ作家とは思えない。
ーー《ニューネンの農家》は1885年、《跳ね橋》は1888年の作品。わずか2年半の間なのに、この変化はいったい?
「ゴッホは、オランダ時代はミレーに倣って農民画家を目指していました。
1886年に弟のテオを頼ってパリへ赴きましたが、その頃パリはちょうど点描画が出てきたところだった。
自分の描いていた絵とのあまりの違いにゴッホは驚いたと思いますよ。
パリでの2年間は新たな技法を学び、他の画家と交流したり刺激的な時を過ごしました。
でも人付き合いが得意でなかったゴッホにとって、都会の暮らしは慌ただし過ぎて、学んだものを消化しきれなかったんでしょう。
南仏のアルルに行ってはじめて、落ち着いて自分自身と向き合えた。《跳ね橋》はアルルに到着して間もなくの作品です」
激しいタッチのゴッホのイメージとは異なり、とてもおだやかな雰囲気。
澄んだ空の水色が沁みてきます。
「展示のバックパネルを深いこげ茶色にしたから、作品が引き立ちましたね。
手前味噌ですが、会場の照明ともハマって、とてもいい色再現でご覧いただけるでしょう。
ぜひ実物の色を会場で見てください」

ーーゴッホが描いた《跳ね橋》の油彩は全部で5点。本展の《跳ね橋》は最後に描いた一枚。
来年の大ゴッホ展で『一作目』が来日予定とのことですが、どんな違いがあるんですか。
「最初の《跳ね橋》はアルル到着3週間後くらいに描いたもの。
パリ時代の名残で、点描とまではいきませんが、まだ筆跡がわかる部分が残っています。
本展の跳ね橋はそれから2か月たった頃の作品。
1作目がアルルに到着したワクワク感が現れているのに対し、こちらは落ち着いていておだやか。
自分のスタイルを見つけた落ち着きが感じられます。
この頃がゴッホの一番幸せな時期だったのではないでしょうか。
ゴッホの絵は感情が筆に出る。共同生活していたゴーガンとの関係が悪化してからは、精神を病み激しくうねるような筆遣いや歪んだ構図がみられるようになっていきます」
深谷さんは、ゴッホが好んだ「黄」と「青」についても指摘します。
「ちょっとこれを見てください」と取り出したのは、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』のパンフレット。
ご存じ、ターバンの鮮やかな青と少女の服の黄色が鮮烈な作品です。
「黄と青は補色で、互いに引き立てあう関係。
ゴッホは好んでこの組み合わせを使いましたが、同郷のオランダの画家、フェルメールの影響でもある。
ゴッホは手紙で、フェルメールの色彩を『天上の青と黄色の調和』とたたえているんですよ」
美しい点描派の作品

展示風景
今回の展覧会で印象的だったのは、点描派の作品群です。
実物の作品は、図録などの印刷物以上に色が澄んでいて美しく、新鮮です。
「点描は規則的で単調なイメージかもしれませんが、同じ『点描』でも、細かい点だったりモザイク画のようだったり、いろいろなスタイルがある。
これだけの点描画が一堂に揃うのはめずらしいので、そこもぜひご覧いただきたい」

テオ・ファン・レイセルベルヘ《グリ=ネ岬、或いは夏の霧》1900年 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団所蔵
点描派というとスーラとシニャックくらいしか思い浮かばなかったのですが、他にも多くの美しい点描画を観賞することができます。
目に見えないものを表現するモダンアートへ

展示風景
展覧会の最後は、ポスト印象派後の世界。
ゴッホ、ゴーガン、スーラ、セザンヌらの影響から、マティスやヴラマンクらのフォーヴィスムが生まれ、20世紀のモダンアートへとつながっていきます。
「絵画は、目に見えるものを描くところから、人間の感情など目に見えないものを見えるように、形にできないようなものを描き出すものに変化していきました。
見たままに写し取る絵画から、自分の感覚、自分自身を表現する絵画へ。
印象派はそんな絵画の流れの中の、ひとつの大きな分岐点だったに違いありません。
そこから絵画がどう変化していくのかを、会場で感じ取ってもらえればと思います」

深谷さんのわかりやすく楽しい解説で、ますますこの展覧会への期待が高まったのではないでしょうか。
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ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵
会期:2026年9月19日(土)~11月29日(日)
会場:名古屋市美術館
Web:https://art-museum.city.nagoya.jp /
開館時間:午前9時30分から午後5時、金曜日は午後8時まで(いずれも入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(ただし11/23は開館)
料金: 一般 1,900円 大学生・高校生 1,000円 中学生以下無料


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